【 愛 】桑田佳祐と吉田拓郎

8月24日(日)
サザンオールスターズの活動休止直前コンサート最終日を、WOWOWで観た。

この日がサザンの活動休止コンサート最終日ということも知らず、
この日はたまたま夫が在宅しており、
この日はたまたま夕食を早く終えた。

何か映画でも観ようか?

そう言ってWOWOWにチャンネルを合わせた。
すると、ちょうど、サザンの活動休止コンサートの始まるところが画面に映る。

18時。

私は、サザンがデビューした時に、ファンになった一人である。
中学2年の、歌謡曲という世界しか知らなかった私に、
『勝手にシンドバット』
この曲は、衝撃だった。

あの時代の音楽界は、歌謡曲とロックバンド、あとはシンガーソングライターがいて、
ロックバンドやシンガーソングライターは、テレビを断固、拒否していた。
松山千春も甲斐バンドもテレビで観ることは不可能だった時代。

ロックをお茶の間に持ち込んだ。

それがサザンオールスターズだった。
サザンがデビューしてからあと、歌謡曲は衰退していき、
バンドブームがおこり、
音楽界が様変わりしていった。
それほど、サザンというバンドのデビューは衝撃だったのだ。

夢中で聴いた10代から20代前半。
『kamakura』がリリースされた時、私の中のサザンは頂点だった。

『kamakura』のあと、
桑田佳祐はKUWATA BANDを結成させ、
嘉門雄三でアルバムを出し、
桑田佳祐でソロを出した。

そして、サザンオールスターズに戻る。

このサザンに戻ってからの桑田佳祐の曲を私は聴かなくなる。
心待ちにしていたのに、聴かなくなる。
それは、期待ハズレだったから。

それから20年。
サザンは精力的に活動してきた。
でも、私はすっかり冷めてしまった。
新しい曲に多少期待するも、ガッカリしてばかり。

もうチャレンジはしないんだ。
似たような曲ばかり。
なんだ? この安定感は。
バンドマンの演奏ですらない。

さんざん悪態をついた。
結局、私のサザンファン歴は初期から10年ぐらいということになる。

サザンオールスターズが休止する!

いくら巷で騒がれても、
「なにを今さら」
そんな気分だった。
KUWATA BANDを始めた時、本当はあの時、解散しても良かったんじゃないか?
ずっとそう思っていたから。

最後の曲は、思い切って全国民の期待を裏切ってくれないかな~。
そんな想いもあった。
夏のサザンって言われてるんなら、
最後は冬のサザンを見せてくれてもいいんじゃない?
真冬の寒いところで厚着して歌うPVなんか作ってさ。
『勝手にシンドバッド』みたいな曲で、ワケ分かんない歌詞にしてさ。
でも、当然、やっぱり、そんなことには絶対ならず、
最後の曲『I AM YOUR SINGER』は、
無難なもので、夏にピッタリで、安定した演奏で、ワケの分かる歌詞で、
サザンらしいんだか、らしくないんだか、
私にはもうすっかり分からなくなっていた。
当然、売れてるので何度も耳にする機会があったが、
聴けば聴くほど、イラッとくる曲に仕上がっていた。

なので、24日が活動休止直前コンサート最終日ってことも興味なかったし、
WOWOW放映も知らなかった。
本当に偶然、観ることになる。

最後のコンサートなら、昔の曲もやるかもしれない。

それなら聴きたい。
そう思いながら観る。
その期待は叶えられ、
大好きだった時代のアルバムをメドレーで堪能させてもらい、
しかも『朝方ムーンライト』や『顔』など、
きっと普段のコンサートなら演らないであろう渋い選曲が続く。
たっぷり1時間。

やっぱりこの頃のはカッコいいな~。

そして、次の時代の曲に入った。
私は観るのを中断して、茶碗洗ったりゴミ出ししたり。
家事が一段落し、
最後の最後に何の曲を歌うかは知りたいと思い、
再び、テレビの前に戻る。

『勝手にシンドバット』
思わず胸が詰まる。

『Ya Ya (あの時代を忘れない)』
涙が出そうになった。

私としては『旅姿六人衆』を最後の曲にして貰いたかった。
号泣したかもしれない。
でも、今のサザンは6人じゃないからこの選曲は無理だったか。
そんな感想を夫と言いながら、サザンのコンサートを見終える。

私にとってサザン休止は、その程度だった。
その程度だったはずなのに。

その夜、眠ろうとするが、なんだか胸がザワついてしまう。

朝、起きても胸のザワつきが取れない。

なんだろう?
熱い胸騒ぎ?

それを言葉に置き換えると、

寂しい
切ない

そんな言葉が近かった。

これは一体、どういうワケだ?
私の中のサザン、いや、桑田佳祐は20年前に死んでるはずなのに。

そう思ってもザワつきが消えず、
意味不明の「寂しさ」を抱えているのはやりきれず、
解明すべく『kamakura』を引っぱりだして、聴いてみる。

私はサザンデビューから桑田佳祐ソロまでのアルバムを全てレコードでしか持っていない。
なので、今は聴くことができないが、
数年前に『kamakura』と『綺麗』だけはCDで買い直していた。
で、聴く。

そして、ある1曲で、このザワつきの理由が解明することとなる。

『吉田拓郎の唄』

この曲が全てを物語っていた。
昔から好きだった曲と歌詞だけど、
このトシになってこんなふうに理解するとは思わなかった。

サザンの新曲でガッカリするたび、
「どうしてこんな曲しか作らない? もう作れないのか? ロック魂はなくなったのか?」
夫にこう質問する。

ロック魂は絶対あるよ。ないワケないよ。
でも、曲を出すたびにバカみたいに売れて、ものすごい金が動くんだから、
サザンはもう桑田佳祐の意志だけじゃどうにもならないんじゃないの?

これが夫の意見だった。

河の流れを変えて 自分も呑み込まれ

吉田拓郎のことをこんなふうに歌っているけど、
音楽界を変えたと言っても過言ではない桑田佳祐だったけど、
サザンが巨大になりすぎて、自分も呑ま込まれてしまったのか。

この曲は、吉田拓郎に対する怒りの唄だ。
「吉田拓郎は、まだまだそんなもんじゃねぇだろう」
そう訴えている。
その、桑田佳祐の吉田拓郎に対する怒りは、
私が桑田佳祐に対して抱いていた気持ちと同じものだった。

「桑田佳祐は、まだまだそんなもんじゃねぇだろう」

私はずっと、そう思っていたのだ。

夜空の星くず見るたびに 裏切られた気持ちよ

この歌詞で、私はまだ桑田佳祐の音楽に期待してたのだと、気づく。
聴かなくなった20年の間も、実は期待していたのだ、と。

この『吉田拓郎の唄』という曲を作った時、桑田佳祐は30代前半だっただろう。
まだ若かったのだ。
若くてノリにノッてる時、唄わなくなった吉田拓郎に対する怒りの歌。
その怒っていた相手と同じ位置に今、桑田佳祐も立ってしまっている。

そのことに気づいた途端、私は泣けた。

私は、桑田佳祐の音楽は20年前に死んだと思い込もうとしていたが、
また生き返ることを実は期待しており、
けど、もう二度と生き返らないということを今回、理解した。
桑田佳祐もトシを取ったのだ。

涙の辛さも教えずに 一人男が死ぬ

そんなふうに歌っていた男だったのだ。
本当に、カッコよかったのだ。

私の中で、桑田佳祐の音楽にまだ愛情が残っていたことに泣ける。
その想いは二度と満たされないということに泣ける。
あのカッコよさを諦めなければいけないことに泣ける。

胸のザワつきは、封印していた期待が頭をもたげてきたのだろう。
イラッとした『I AM YOUR SINGER』でさえ、今は悲しい。

コンサート中のMC、桑田佳祐が言った言葉。
「ホッとした」
もしかすると、この言葉が全てかもしれない。

14歳から23~24歳という、子供から少し大人になるまでの間、
夢中になった桑田佳祐の音楽。
まさか、サザン休止で自分がこんなふうに泣くなんて、夢にも思っていなかった。
音楽は、こうも人生に影響を与えるものか。

この涙はある意味、初恋の人を想う気分かもしれない。

44歳には、シンドイ気分である。

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